徹底解剖 丸亀うちわ

うちわのルーツ

うちわは「団扇」とも書き「団」=まるい「扇」=風をおこすものという意味の中国由来の熟語です。うちわは7世紀ごろ中国から伝わりました。
当時は扇面に絹や芭蕉など植物繊維や鳥の羽などが使われ、お供に持たせる大型の豪華なものや、公家、役人、僧侶らの権威を象徴するものでした。現在の竹と和紙で作られるうちわの原型は室町時代末期にできました。ちなみに扇子は折り畳めるうちわとして平安時代初期、日本で発明されました。

支える人たち

丸亀うちわの全国シェアは90%。日本一の生産量を誇り、平成9年には「国の伝統工芸品」にも指定されました。しかし職人の高齢化や後継者不足は他産地と同じく大きな問題です。そこで丸亀市は地場産業としての丸亀うちわを支えるべく、様々な取組みをしています。 製作技術の伝承のため、平成11年から毎年「丸亀うちわ技術・技法講 座」を開催、多くの方が伝統や技術を学び、後世に伝えるべく活躍中です。販売促進のための各種イベントでの実演販売や製作体験なども積極的に行われています。

丸亀うちわ図解

日本三大うちわ

昔ながらの竹うちわの産地は日本各地にありますが、特に「日本三大うちわ」と呼ばれるものをご紹介します。

丸亀うちわ(香川)

金毘羅参拝の土産として名高い金印の渋うちわが作られ、天明年間(1781~1789) に丸亀藩の下級武士の内職として奨励されたのがうちわ作りの基礎となった。大きな竹を割って平らに削った平柄が多く、柄と骨とが一本の竹で作られるのが特徴。

京うちわ(京都)

都うちわとも呼ばれる優美なうちわ。扇面と握り手が別に作られ、後から柄をつける挿柄が特徴的。構造的には朝鮮うちわの流れを汲む。その歴史は南北朝時代に遡り、倭寇によってもたらされた。

房州うちわ(千葉)

竹の細い部分をそのまま使った丸柄と半円の格子模様の窓が特徴。明治時代中期、女竹を割いてササラのようにしたうちわ骨を作る技術が広まり、生産量も増えた。

丸亀市資料館所蔵、明治~昭和初期のうちわ。

見るも楽しい色鮮やかな石版画のうちわ絵。暑中見舞いやお中元の代わりとして、実際、各家庭に配られていたものです。

明治時代、うちわは広告としての役割を果たすようになります。会社や寺社が裏面に名前を入れ、表面には商品や様々なメッセージを入れました。「最新大流行」と書いた呉服店の宣伝らしきものも見られます。

今も人気がある美人うちわ絵には流行の着物や風俗が描かれ、他にも子供たちが遊ぶ姿、戦時中と思わしき絵柄もあり、当時の情報源のひとつになったようです。

トップへ